募金や折鶴と善意

誰かが困っているとき、自分が助けることができるかどうかはわからない。助けることがその人にとっていいことなのか余計なお世話なのか。
援助したお金、救援物資がちゃんと届くかどうかもわからないわけで、今話題になっている「ハイチに千羽鶴」という企画も賛否両論の意見が飛び交ってブログが炎上・閉鎖になっている状態だ。
世界に困っている人たちがいるとしても自分達からすると遠い国での出来事だと思うし、文化も違う。だからどう助ければ改善するか、感謝されるのかということをふまえる必要がある。
だから個人的にできることって本当に限られてるわけなんだよな。そして自分自身に余裕が無いから結局は見てみぬ振りをするというか自分自身が満たされるまで他人に対しての気配りというものができないわけだ。
自分は募金はしたことがないし、何らかの機関に助ける意味での活動をしたことも無い。
本当は募金などしなくても自分でお金を稼いでそれから引かれる税金によって社会貢献に役立ってくれればいいと思うんだよね。
宝くじの収益金で社会貢献、神社のお賽銭で社会貢献・・・
みたいに助けることに関しては自分が普段の生活や娯楽・あくまでも自分のためとするものにお金を払い、その中から受け取った側が社会貢献のために募金・救援という形でまかなえればいいと思うんだけどな。
遠い国のことよりも今時分が住んでいる日本、そして自分の生活環境に集中するのが大事なのではと思う。
日本は裕福な印象があっても本当にそうなのかななんて思うようになった今日この頃。
なんか書いている内容が支離滅裂になったな(^^;)

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